毎日規則正しく早起きしてはスロットを打ち、夜にはデータ取りをしてまた早起きをするサイクルから一時的に離脱して始まったアラブ湾岸諸国ツアーでの生活。
最初の入国はイランであったが、日本でスロットばかり打っている菊池がニュースから取り入れた「アラブ人」に対する印象は、一言で言えば「怖い」であった。
連日イラク戦争の報道やテロ関連のニュースではいつもアラブ人がピックアップされ、否が応でもそう刷り込まれていたのであろう。入国時にはそれなりに緊張を隠せずにいた。
街へ出てイランの街並みに目をやると、そこはまさに異国の地と言える印象で、街並みもさることながら、男性は白いターバンを、女性は黒い布で顔を覆い隠し妖艶な瞳だけが見えている。
出国前のミーティングでは「英語も極力使わない方が良い」などのアドバイスも受けており、反感を買うのでは…とか、それが引き金で拉致されたり…などの憶測も飛ぶほどに不安を持っていた一行に、すれ違ったアラブ人がおもむろに両腕を交差させたかと思うと勢いよく手を足元へ向けて開き、大きな声でこう言った。
「押忍!!」
皆で目を見開いて顔を見合わせたのを菊池は今でもよく覚えている。
外交官の男が話しはじめた。
「アラブの方たちは日本人はもとより、アジア人がそもそも珍しいんですよ。その中でも日本の文化などは人気があって、親日の方も多いんです。どうしてもアラブ人は怖いと思われがちですが、彼らは割と明るくて親しみやすいですよ!」
ハッとする思いで奥歯を噛み締めた菊池。
ステレオタイプというのがいかにくだらないものであり、また愚かなことなのかを目の当たりにする出来事であった。
「迷いや恐れは幻想の中にしか存在できない。現実はいつだって優しい。」
菊池のお世話になっている会長の言葉がぴたりと当てはまるような経験となった。
旅の始まりに心を入れ替える良い機会だと前向きに捉え、こうしてアラブ湾岸諸国ツアーははじまったのである。
第67話へ続く↓↓↓