日本より遠く離れた異国の地イランで日本の音楽を奏で終えて気分も高揚して迎えた夜。
「Hey!」
と話しかけてきたのは、スカーフを頭に纏ったアラブ人女性だった。これには皆で驚いた。
外交官からは「くれぐれもアラブ人の女性の方には接触しないように」と念を押されていたほどに、宗教色が強く男女の公の場での交わりには厳しい国であった。
あることに気がつく菊池。
(あれ…英語だ)
と心の中で思った。
ペルシア語が公用語である以上、話しかけられても分かるはずもないが、彼女は英語で質問している。
「あなた方は日本人ですか?」
と。
英語が堪能な小袋がそうであることを伝えると、「なぜイランに来たのか」と尋ねてきた。
「僕らは日本のアーティストで、コンサートをしに来たんだよ」
と伝えたら彼女は驚いた表情を浮かべつつも嬉しそうに
「日本人を見るのも久しぶり。戦争があったから…来てくれて嬉しいわ」
と微笑んだ。
しばしの異文化交流を楽しみつつ、お酒も入っていないのに龍原が不可解でとても面白いダンスを踊りだした挙句「神と触れ合っている最中だ」とミラーボールの下で両手を広げて天を仰いだ時、これはきっといけない薬を……否、自分の世界観を持っていることが、ステージを彩ることを生業とする上で必要なのだと菊池は悟った。
才能と才能とが重なり合い、時にぶつかり合いながらも磨きあげられてひとつのステージが生まれる。
演奏家やパフォーマーばかりがフィーチャーされるが、やはり支えるスタッフが超一流であればこその、何千人というお客様が楽しめるステージとなるのだ。
天才照明アーティスト ドラゴン龍原と菊池との付き合いはこのツアーを皮切りに今日に至るまで続いているが、それはまた別のお話。
第75話へ続く