燃やせ エンタメ魂

パーフェクトヒューマンを演じ続ける男のブログ

YouTubeでとある動画を拝見して思うこと

暑い日が続きますが皆さん元気に過ごしてますか?僕は3人麻雀ばかりして元気に暮らしております🀄が、北斗無双が当たりません🙅

 

 

それはさておき、YouTube見てたら、とある超人気番組が終わるという😳💦

その内容や経緯、話し合いを編集した動画を拝見してとても切なくなった。。

 

 

というのも、僕は人生において大きな過ちを何度かしてきていて、反省したはずなのに繰り返し、今に至る。それは何か。

 

 

「親友とは仕事をするな」  だ。

 

 

悲しいかな、上手くいった試しがない。

ビジネス的な失敗というより、親友だった人が会いたくない人に変わる。来たら嬉しかったLINEや電話。それが着信ある度に膨らむ不安へと変わる。こんな恐ろしいことを何度経験しただろう。

 

僕は自分のことが大好きである。

そして自分の力の足らなさもよくよく理解している。

 

しかし、友人や知人、それこそクライアントや仕事仲間等、周りからの評価はすこぶる高い。

天才だの無敵だの恐ろしいほど評価される。

だから有難いことに僕と仕事をしたいと言ってくれる人が本当に多くて、これ自体は身に余る光栄であるが、仕事を共にするとその中で起きたトラブルや試練からお互い徐々に失望していき、やがていがみ合い傷つけ合い、最悪の場合嫌いになる。

 

初めて会社を作った時も毎日電話するような仲の良い親友だった。

 

次に作った会社も2日にいっぺんは会うような大切な仲間だった。

 

法人化しない小さな仕事を入れたら数多の友人が僕のことを必要としてくれた。

 

 

その中で、原因は違うまでも今回観た動画にあまりにも類似していたのが、小学校からの付き合いで共に琴を弾いてきた大親友との脱退騒動がドンピシャで重なった。

 

6歳の頃から知り合いで、小学生の頃はよく僕のおじいちゃんの家でファミコンをし、ガチャガチャを買ったりして遊び、中学を経て高校で二人琴に出会い、それからは365日ほぼ一緒。練習に演奏に遊びに明け暮れた。

 

風邪を出して寝込めば徹夜で看病をしてくれ、泊まる時は同じ布団で寝るのも余裕なほどに仲が良かった。

 

箏の有名な独奏曲「鳥のように」をあえて2人で弾くと、まさに一矢乱れぬ演奏でミスタッチをする時は同時にしてしまうほどの息の合い方であり、相方であった。

 

音楽の道を共に歩んできて10数年。

 

正直、送られてくるメールや電話での会話、会っている時に違和感はあった。

ただでさへ敏感な僕は嫌という程感じてはいた。がしかし、その心に気が付かないフリをして過ごした。

 

 

「辞めたい」

 

ある日彼はこう言った。

 

それから何ヶ月も悩み苦しみ喧嘩をし、日に日に20年以上過ごしてきた親友を嫌いになっていった。

 

 

 

ふざけるな

なんでそんな自分勝手なんだ

仕事はどうする

お世話になってる人は

仕事先は

CDだって作ったばかりで在庫の山だぞ

ホームページだって作ったとこだ

買い取るのか

え?なんでだよ!!

 

 

 

大きく胸に息を吸い込み

ゆっくりと穏やかに柔和な表情で

 

「そっか。いいよ。わかった。お互いの道で頑張ろうな。いままでありがとう!」

 

なんでこう……

 

言えなかったんだろうな。。

 

 

大好きで大好きで一緒にいるだけで、玉置浩二のメロディーの歌詞のように、あの頃は何も無くてそれだって楽しくやったよと言える大親友の、新たな船出を心からそう言えない程に、共に仕事をするのは難しいんだよ。

 

難しいんだ。

 

だから僕は、いまは仕事をする時はとにかく許す心を忘れない。フォローする心を忘れない。感謝することを忘れずに、態度や形で示す。出来れば相手にもそうであって欲しい。

相手に感謝することを忘れ、その限度を超えたらあとはもう、終わりへ向かうしかないじゃないか…

 

 

それでもね、1年以上悩んだ結果僕らは最後に、一緒にコンサートをすることにした。

 

そのリハーサルが終わり、買出しへ誘って二人きりになった僕はエスカレーターで登っている途中で彼の背中に向かって謝った。

 

 

「ごめんな。色々と。。ごめん。」

 

 

振り返ったか振り返らずかの曖昧な空気のまま

 

 

「うん。俺も…ごめん。」

 

 

 

この時だったね。

 

いつの間にか止まっていた2人の時間が進み始めたのは。まるで永久凍土のように凍っていたものが溶けたような不思議な感覚で、まさに許し合った瞬間だったと思う。

 

 

「最後のコンサートの前に、一緒に写真を撮ろう!」

 

と言って2人で自撮りをした。まだどこか少しぎこちなかったけど、二人とも笑って、いや、少しはにかんで写真に収まった。今から見返すとこの瞬間より前1.2年は、2人で写る写真に笑顔は一切なかったから恐ろしい。

 

 

そしてコンサートも無事に終焉へと向かい、アンコールに数年ぶりに2人で「鳥のように」を弾いた。

一音一音噛み締めるように指先に伝わる弦の振動を胸に刻みながら、鳥が大空へ舞いゆく姿を互いに重ね合わせて相手の幸せを願った我ながら素晴らしい演奏だったと思う。

 

そして最後、実は彼に「終わったら俺はステージを去るからファンの人に1人でお辞儀して」って伝えてあって、その通り彼は深深とお辞儀をしてみせた。

 

 

そこへサプライズでこっそりと用意しておいた映像を流した。

 

 

知らなかった彼は驚いて振り返る。

 

 

「色々なことがあったな。腹を抱えて笑ったこと、喧嘩して気まずくなったこと。練習に明け暮れた青春。共に奏でてきた音楽。全てに感謝してるよ。12年間一緒に弾いてくれてありがとう。お互いの道で頑張って、その道の先でいつかまた、一緒に演奏しようね」

 

 

 

僕は、面と向かっては言えないことをビデオレターという形で伝えた。

 

映像が終わって再度登場した僕は花束を手渡し抱き合った。

 

泣けたよ。300人のお客様の前で泣いた。

 

これは最後が悲しくて泣いているわけでも、彼のこれからの人生の門出を祝って泣いているわけでもなかった。

 

 

つまり僕には、親友を失ってまで音楽をする意味はなかったということだ。

 

 

 

それから1年程たって、完全にわだかまりは消え、これまでは演奏旅行でしか行ったことがなかったけれど今では空港で「手ぶらって楽だな!」と笑いあって海外旅行へも行けるようになった。

 

 

いつかきっと、笑って暮らせる日が来るさ!だからその日が来るまで、しばし別の道で人生楽しもうぜ!!

 

ヤルもやらないも人生1度きりだ

 

そうなってくれたら良いのにな。

 

おしまい。